住吉の長屋
1976年竣工。
大阪下町の伝統家屋である長屋を、設計する上で非常に厳しい条件の中、彼の思想を込め表現した初期の代表作品。
その独特性と斬新さは安藤忠雄という建築家を世に知らしめるきっかけになり、多くの人々にショックを与えた。
発表後、この家はすぐさま“問題作品”となった。
「雨の日に傘を差してトイレに行かなくてはいけないとはなんという建築家の横暴か」
それだけ批判されたにも関わらず、その洗練された新鮮な住宅のあり方の提案は多くの人を魅了した。
その最大の特徴はやはり中庭にあるのではないかと思う。
面積は13.5m×3.6mという非常にミニマムなものであった。それにも関わらず安藤は大胆にも縦13.5mを三分割しその中心には中庭と階段を置くというスタイルを提案。自然光を取り込む為にそこにはあえて屋根は設置しなかった。
快適性を第一に考え設計された住宅に比べると、利便性は明らかに劣っていると思う。
しかし機能性だけを求めた住宅はそれ自体の本質を失い、住む人間が住まされるという状況に陥ってしまうのではないだろうか。
なにか欠けている、もしくは人の要求を完全に満たしていない状況にいるほど、人はそれを満たそうと行動すると思うし、そこにあるものによって行動、つまり生き方が左右されるのだと思う。
住宅に何を求めるかというのは個々それぞれによって異なると思うが、機能性と利便性だけをひたすら追い求める現代の傾向は、人の本当の豊かさであるべき“コミュニケーション”を遮断しているような気がする。勿論これは建築だけに言えることではないが。
矩形の中に何を入れるか。限られた空間になにを取り込むか。
安藤はそこに光が入る中庭という“小宇宙”と生きる上での厳しさをクライアントに与えたのかもしれない。彼が重点に置いたのは、小さな空間にできるだけ便利の良いものを詰め込むという機能性の追求ではなかった。
クライアントは76年の竣工から30年経った現在でもそこに住み続けているという。
79年度日本建築学会賞受賞作品。